幸せの青い鳥探しをいつまで続けますか?

幸せの青い鳥はどこ?

人は幸せを外に求めるものなんだなぁとしみじみ思います。

自分自身も幸せの青い鳥を探し続けていたので、その気持ちがよーくわかります。

本当にこの人なのかな?
本当はもっと私に合う理想のパートナーが他にいるのでは?

パートナーと喧嘩するたび
パートナーが私のリクエストに応えてくれない時

何度そう思ってきたことか。

私の運命の人はどこかにいて、まだ出会っていないに違いない
その人は私の願いを叶えてくれて一緒にいるだけで幸せ
今よりももっと満ち足りて、幸せに暮らせるはず

そんなことを思ったのは1度や2度ではありません。

そうやって自分の幸せはどこにあるのか探し続けていました。


『青い鳥』の物語

メーテルリンクの『青い鳥』

病気の少女のために「幸せの青い鳥」を探す旅に出たチルチルとミチルの兄妹。

青い鳥は見つからず、旅を終えて家に帰ってくると、自分の家の鳥籠にいるキジバトがとても青く見える。あちこち探し回ったけど、幸せの青い鳥は身近なところにいた。というお話です。

色々経験したことで、元々飼っていたキジバトが青く見えるようになった。
そして世界もキレイに見えるようになった。

結局は幸せは自分の身近なところにあるという教訓となっています。


このお話のように、どこかに理想のパートナーがいるはずと「幸せの青い鳥」を探しても結局は、「ここにいた!」となるんだろうな。と薄々は気がついているけれど、まだどこか納得できない。

「どこかにいたらいいなぁ」という思いはいつもどこかにありました。


幸せは内側にあると気づいたとき

自分と向き合って、向き合っているうちに、幸せは自分の内側にあるということがやっと腑に落ちました。

自分の内側に幸せがある

自分の内側が幸せなら、どんな相手がいて、どんな状況でも幸せを感じるし、
自分の内側が不幸なら、どんなに素敵な人といても、不幸せを感じる。

自分の内側が不幸せだと、自分が不幸せになる状況を作り出す。
そして、それを相手のせいにする、ということをやってしまっているんだなぁという気づきです。


パートナーシップの悩みの奥にあるもの

パートナーシップのお悩みを伺っていると、この方も幸せの青い鳥を探しているんだなぁと思うことがしばしばあります。

そういう方には、自分の内側に目を向けて、自分の満たされない想いに気づくことが先だとお伝えしています。

そしてそれは幼少期の経験がベースになっていたりしますね。

本当はちゃんと話を聞いて欲しいのに、聞いてくれない
私を見て欲しいのに、見てくれない
わかって欲しいのに、わかってくれない…

「〇〇して欲しいのに、してくれない」


私自身が向き合った記憶

自分と向き合っている時のこと

子どもの頃、妹が両親に甘えるのを見て、自分も抱っこして欲しいのに遠慮して甘えられなかった、そして寂しい思いをしていたというイメージが出てきました。

大人になった自分はそんなこと全く覚えていないんですけどね。

「寂しい」は私の原体験につながります。


3歳になる少し手前、双子の妹が生まれました。未熟児だったので、生まれてからもしばらく入院していて、私は両親に連れられて病院に通った記憶があります。

「子どもは入っちゃダメ!」と階段の上のベンチで一人で絵本やミニカーで遊んで待っていました。

両親は病室に入ったまま、なかなか出てこない。

構ってくれる人もおらず、人気のない病院の廊下に面した階段の上のベンチで寂しかった記憶が鮮明に残っています。

当時は、どうして自分だけお部屋に入れてもらえないのか状況さえもよくわかっていませんでした。

ただ、ここに来たら一人ぼっちで寂しい そんな思いだけが残っています。


未熟児で産まれた妹が両親に抱っこされているのを見て、
「お父さんとお母さんの大事だいじ」と、遠巻きに見ていたんだなぁ。

でもまだ3歳。自分だって抱っこして欲しいのに、構って欲しいのに、我慢していたその想いが残っていました。

そしてその両親に対して抱えていた感情を、パートナーを通して追体験していたのです。


「抱っこして欲しいのに、抱っこしてくれない」
「構って欲しいのに、構ってくれない」
「見て欲しいのに、見てくれない」

ベースにあるのは「愛して欲しいのに、愛されていない」という想い。

愛されなくて「悲しい」
愛されなくて「寂しい」


感情を感じきるということ

その想いに寄り添った上で、「悲しい」を感じきる。「寂しい」を感じ切る。

そうすると、「悲しい」「寂しい」という気持ちが昇華されていきます。


「〇〇して欲しい」ということは、「〇〇が得られていない」「今〇〇がない」ということ。

心の奥底の潜在意識が現実に投影される仕組みなので、「〇〇が得られない」という現実がやってくるというループに陥ってしまいます。

「愛して欲しい」と願えば願うほど、それは手に入らず、「愛されない」現実がやってくるのです。


本当の幸せを感じるステップ

とは言っても、よくよく思い返して見ると、「愛されている」体験はしているはずなのですよ。

でも、心の奥底に「愛して欲しいのに、どうせ私は愛されない」という想いがインプットされていると、どれだけ愛されていても、満たされることがないんですね。

なので、その奥底にある「本当は愛されたかった」という気持ちに気づいて、それを癒し、昇華させ、愛されている「感覚」を感じ切るのが、本当の幸せを感じるステップになります。